旅行先
山中湖、朝霧高原、川根本町 | 山梨県道志村、静岡県川根本町
埼玉県 | 会社員 | 30歳 | 男性 | 蒼氓
──茶畑の香りをよそに
久しぶりの朝霧高原再訪。
スタートは道志みちから。このワインディングロードは、昨年10月の(執筆時:令和2年)台風による土砂崩れで長らく通行止めとなっていた。途中から住民や工事関係者のみの通行が再開されていたが、昨年12月27日に片側通行であるものの全線通行止めが解除された。
私はこの解除日当日に出向いたが、青野原西野々から先にあるトンネルが開通され、以前は大きく迂回するような道路形状だったためにとても走りやすく感じた。なんせ、今年の7月には東京オリンピックでこの道志みちがロードレース会場に指定されているのだから、災害復旧工事も含めて急ピッチで仕上げないと会場としてのメンツ丸つぶれである。
さて、当日は晴天に恵まれ8時にはこの道志みちを走っている。季節は完全に冬のものとなり、防寒対策をしないととてもじゃないが走られない。誰もいないような人気のなさを感じながら、道の駅どうしへとステアリングを向ける。
なんと、道志村に入ったあたりから路肩に雪がゴロゴロと転がっているではないか。いつ降ったのだろうか。どんどん先へ進めて行くと、路肩に集められた雪の量が増えているのが分かる。スリップダウンが怖い。いつの間にか前方にソロのライダーが走っており、後ろからみて慎重に走っているのが伺えた。
路面のご機嫌をみながら道の駅どうしに滑り込む。すでに先客ライダーが2台ほどあった。陽が昇り始めているのは分かるが、それでも夜のうちに支配していた空気を追いやるほどではない。パニアケースからニコンの一眼レフを取り出し、休憩がてら場内を散策する。霜が降りている。朝日に当たってキラキラとしている。最近は、こんな些細な景色が嬉しい。
実は、道志みちは山中湖へ緩やかに高度を上げている。大半のライダーはそれには気づかない。山中湖の標高は1,000mである、と意識したことはあるだろうか?道志みち上の「山伏峠」で最も標高が上がるのだ。
この山伏峠を境に天気が変わる。道志村側が雨でも、トンネルを抜けて山中湖村に出ると雪がちらついていることもある。私はこの点を最も心配した。雪がちらついているのはいいにしても、路面が凍っていては困るのだ。それでも我がK1200RSのポテンシャルを信じて走らせる。山伏峠手前から勾配が大きくなっていく。路肩にある雪から溶け出した水が凍って、それを踏むたびに若干のスリップを覚える。
1台のオートバイが道の駅に滑り込んで、私はそれに代わる形で出て行った。山中湖へステアリングを向ける。
山伏峠を越えて、果たしてそこにはキラキラした路面が広がっていた。凍結防止剤なのか、本当に凍結してキラキラしているのか分からない。ただ、もうすでに後ろにクルマがいたので、慎重にRのキツいカーブをやり繰りしながらハザードを点滅させ、先に行かす。クルマが羨ましいとは思わない。こんなことは出発前からわかって分かっていたことなのだから。
こんな時に、K1200RSのインテグラルABS+EVOブレーキは助かる。人間ABSなんて悠長なことは言ってられない。無事に一度もABSは動作せず、スリップ感も覚えることもなく「魔の山伏峠」は通過した。あとは直線が続く。目の前に雄大な富士が現れたが、今日は恥ずかしがり屋である。白いスカーフを巻いている。
初めて道の駅富士吉田に立ち寄った。まかいの牧場が作った、クリームが浮かぶ牛乳と、カントリーマーム桔梗信玄餅味というお菓子を買った。ツーリングの楽しみの1つである。ZZR1100時代は、走ることばかりでご当地のものを買って味わう、というようなことはしてこなかった。BMW Motorradになってからも、どっちかといえば走りっぱなしのことが多いが、それでも当時に比べたら「降車する勇気」を身につけてきた気がする。
単車は、排気量が大きくなるほど停車する勇気が必要だと感じる。車体が大きいゆえに乗り降りが気楽、という範疇では収まらないのだ。
特にツーリング仕様のマシンはクルーズ中はとても快適なので、ちょっとやそっとの景色、施設では停車して降りるのが億劫に感じる。何度、シャッターチャンスを逃したか。通り過ぎて、後になって後悔するのである。Uターンも面倒という要素も合わさって、どんどん遠ざかっていくのだ…。
さて、道の駅で小休憩した後は、朝霧高原にステアリングを向けた。路面コンディションは道志みちと比べたら良いものの、しかし青木ヶ原樹海周辺などの日陰部分はまだまだ予断を許さない。無事に富士宮市に入った。
牛が放牧されている。思い思いに草を食べ、寝そべっている。このK1200RSも牛みたいだ。
そういえば、誰かに「牛みたいなバイクですね」と言われたのを思い出した。異論は認めない。ハイテク牛だと思う。
北海道を連想させる写真をやっと撮れた。数年越しの希望だった。前途の通り、止まるのが億劫だったのと、車がいる、時間帯、予定の都合でなかなか頭の中で写真のイメージがあったが、それを具現化できなかった。やっと叶ったのだ。ニコンの一眼レフに300mmの望遠レンズで景色を写し取る。イメージ通りの仕上がりだった。しかし、富士山が完全に雲に隠れてしまったのは残念であった。
そのまま南下して、1号線に合流する。帰ろうか…いやもうしばらくは来れないし、冬休みだからということで延長を決めた。このまま1号線を静岡の中心方面へと走らせようと。私が愛読しているオートバイ小説の舞台となっている、川根へ行こうと決めた。
バイパスはやはり速度域が高い。年末で、時間もまだ早いために交通量が少ないからなおさらである。こんな時でも、K1200RS、いやこのハイテク牛は素晴らしいクルージング性能を発揮する。何しろ6速ホールドで車のオートマみたいな運転ができるのである。セコセコとギアチェンジに意識を取られることがないので、良い景色に目を向けることができるのは素晴らしい。
川根本町へと向かう。交通量が少なくなり、左手に大きな川が流れている。
単線の線路が時折見える。これにきっとSLが走るのだろうと。途中、小休憩で立ち寄ったところには無料の足湯があった。もっとも足湯をしようかと思ったが、ブーツから革のパンツを抜き取り、まくしあげるのがとても面倒に思ったのでやめた(こういうところが、今後のツーリングにおける私の課題である)。
無人駅があって、中を覗くと誰もいない。駅のホームにも誰もいない。寂れた待合室には傾き始めた日差しが差し込んでいた。年季の入った板張りの壁と、ザラついた床。郷愁を感じさせる。隅に掲示されている時刻表をみると、もうすぐで電車が来るようだ。残念ながら、SLが走る時間帯ではなかった。
無人駅前にあるポストとK1200RS
淡い記憶
静かな駅舎に、突然の踏切の音が鳴り響く。私はさっと待合室から駅のホーム側に走り、遮断機がその間を絶った。
トンネルの向こうから光が見えて、すぐに一両の電車が現れた。誰が降りることもなく、電車は事務的にこの駅に留まり、そして去った。
いつの間にか鳴り止んだ遮断機の音。遠ざかるモーター音。その後に微かに聞こえるレールの軋む音。
いいツーリングだった、素直にそう思えた。
帰りは急ぎである。何しろ、冬で日が短い上に混雑するのが目に見えてる。
新東名高速を初めて走った。120km/h試行区間は、まさにこのK1200RSのポテンシャルが発揮される区間であった。
夕陽を背に浴び、バカみたいな東名高速の渋滞を乗り越え、私は帰路についた。